大阪地方裁判所 昭和42年(保モ)2686号 判決 1968年10月16日
申請人 岩城秋夫
<ほか二名>
右申請人三名訴訟代理人弁護士 小林保夫
同 石橋一晁
被申請人 水野浅次
右訴訟代理人弁護士 堀川嘉夫
同 上原洋允
同 町彰義
主文
大阪地方裁判所が同裁判所昭和四一年(ヨ)第四六一五号不動産仮処分申請事件について同年一一月一二日為した仮処分決定を認可する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
申請人等訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として
一、被申請人は別紙目録(一)(1)記載の土地(以下、本件土地と称する。)およびその地上にある別紙目録(二)記載の各家屋(以下本件各家屋と称する。)の所有者であり、申請人等は本件各家屋を被申請人から同目録居住者区分記載のとおりそれぞれ賃借して居住しているものである。本件土地および本件各家屋は昭和八年五月一四日件外貴田善次郎の所有に帰属したが、その後昭和二三年五月五日件外吉川末子に、昭和二八年五月一一日被申請人に順次所有権が移転されたものであるところ、同目録(二)(1)記載の家屋については申請人岩城の義父亡八幡野兼吉が昭和一四年頃右記貴田より賃借して入居して以来一貫して八幡野家および岩城家がこれを賃借して現在に至ったものであり、同目録(二)(2)記載の家屋については申請人松村の亡父松村一弘が昭和一八年頃に貴田より賃借して入居して以来一貫して松村家がこれを賃借して現在に至ったものであり、同目録(二)(3)記載の家屋については申請人鈴木が昭和一六年頃貴田より賃借して以来一貫して現在迄賃借して来たものであって、貴田の賃貸人たる地位は、吉川に、さらにその後被申請人に引継がれて現在に至ったものである。
二、別紙目録(一)(2)記載の土地(以下、本件空地と称する。)は、本件土地の一部であって、別紙図面表示のとおりその中央部に位置し、かつ本件土地上の各家屋および公道に囲まれる形であるところ、同図面点線部分には戦時中迄板塀があり、それに囲まれた部分は申請人岩城および同松村居住の各家屋に付属した庭として利用され、その余の部分は私道として本件各家屋の居住者によって利用されていたが、戦時中は食糧不足から庭と私道部分は一時的に野菜畑に変ったものの、終戦後は物干場、自動車置場、前庭(植樹および草木栽培)、公道および申請人等が使用権限を有する共同水栓(別図記載の場所にある)への通路として申請人等およびその家族によって利用されて来た。
三、申請人等は、被申請人に対し、左記各事由に基き本件空地の使用権限を有する。
(1)、本件空地の賃借権 申請人等は本件各家屋につき賃借権を有するに止まらず、本件空地についても賃借権を有する。すなわち、申請人又はその先代が件外貴田と本件各家屋の賃貸借契約を締結した際本件空地も独立して別個に右契約の対象となっていた。
(2)、本件空地の占有権 申請人等は長年に亘って本件空地を利用して来たものであり、現にこれを占有しているから本件空地につき占有権を有する。
(3)、借家権に付随した使用権限 本件空地は本件各家屋の敷地の一部であって、本件各家屋の賃借人である申請人等は右借家権に基き当然これを使用できる。仮に、本件空地が右敷地の一部でないとしても、本件各家屋に付随したものであり、本件各家屋の借家人である申請人等は借家権に基きこれを使用できると解すべきである。
(4)、本件空地の使用借権 申請人又はその先代が本件各家屋につき賃貸借契約を結ぶと同時に、本件空地を使用する契約を明示又は黙示で締結したが、これは借家権の消滅と同時にのみ消滅する使用借権を定めた本件空地の使用貸借契約である。
(5)、本件空地の通行地役権 本件空地の内旧私道部分については、その旧所有者が本件各家屋を建築した際その居住者のため私道を開設したものであり、開設後一貫して道路としての形態を備えているが、申請人等は本件各家屋に入居後一〇年間又は二〇年間を超える期間、当然自己のために右私道を通行する権限があるものとして平穏かつ公然と毎日継続して通行して来たから、申請人等は本件空地の内少くともその私道部分については通行地役権を時効取得した。尚、地役権は土地所有権者のみならず、地上権者又は土地賃借権者も取得し得るものであり、本件各家屋の借家人でありかつその敷地の利用権者(賃借権は使用貸借権を有する。)である申請人等も地役権を時効取得し得ると解すべきである。
(6)、本件空地についての袋地通行権
本件各家屋から公道へ出るためには、本件空地が唯一の通路たり得るものであり、本件各家屋の賃借権者でありかつその敷地利用権者(賃借権又は使用貸借権)である申請人は本件空地につき民法第二一〇条の袋地通行権を有する。尚同条に規定する袋地通行権を含め所謂相隣関係は隣接する不動産の利用の調節を目的とするものであるから、地上権に準用するのみならず、土地の利用権者にもこれを類推適用すべきである。
四、申請人は、本件空地上に二階建文化住宅を建築すべく企て、工事請負人峯忍にこれを請負わせたが、同人は昭和四一年一一月九日朝突然本件空地へやって来て、本件各家屋にすれすれに接近して杭を打込み、右工事に着手した。しかしながら、右工事が完成すると、申請人等およびその家族は公道および日々の水を得て居た共同水栓への通行も不能となり、植木草木が除去されて前庭も奪われ、さらに自動車置場、物干物としての利用も阻止されて日常生活が侵害され、かつ右二階文化住宅のため、日照、採光、通風も制限される結果、じめじめした暗い日常生活を強いられることになる。その上、火災等緊急事態発生の場合は、避難や消火活動等も阻害されることになり、申請人等およびその家族等の生命すら危険にさらされることになる。尚、右二階建文化住宅は建ぺい率違反の違法建築であるが、かかる違法建築により、申請人等の生存権を侵すことは許されない。
よって、本件申請に及んだ次第である。
≪疎明省略≫
被申請人訴訟代理人は、「大阪地方裁判所が同裁判所昭和四一年(ヨ)第四六一五号不動産仮処分申請事件について同年一一月一二日為した仮処分決定を取消す。申請人等の本件申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決および右第一項についての仮執行の宣言を求め、申請理由に対する答弁および主張として
一、申請理由第一項中、被申請人が本件土地およびその地上にある本件各家屋の所有者であり、申請人等が被申請人から本件各家屋をそれぞれ賃借していることは認めるが、被申請人が右各所有権を取得したのは昭和二八年三月三〇日であって、同年五月一一日ではない。同第二項中、本件空地が別紙図面表示の如く本件土地上にあり、かつ申請人等主張にかかる共同水栓が同図表示の場所にあって、申請人等がその使用権限を有することは認めるが、その余は否認する。同第三項はすべて争う。同第四項の内、申請人が本件空地上に二階建文化住宅を建築すべく企て、工事請負人峯忍にこれを請負わせたこと、および同人が昭和四一年一一月九日朝本件空地に杭を打込み右工事に着手したことは認めるが、その余は争う。
二、被申請人は申請人等に対し本件空地を賃貸したこともその使用を認めたこともない。被申請人は、申請人等に対し、本件各家屋の玄関前コンクリート部分迄は右各家屋の敷地として賃貸したが、そのコンクリート前側には溝があり、申請人岩城および同松村についてはその溝の南側部分、同鈴木についてはその北側部分の本件空地については申請人等に対し何ら使用権限を与えたことはない。申請人岩城および同松村宅裏にはそれぞれ裏庭があり、物干等は裏庭で充分できたのに、岩城は申請人に無断で右裏庭を壊して増築したため物干ができなくなり、不法に本件空地を占拠した上、他の申請人等と共に本件仮処分に及んだものである。
三、仮に申請人等が、被申請人の管理不充分に乗じて本件空地を物干、通行等のため利用していたとしても、これによって占有権を取得したものと解すべきではない。
四、申請人等は、申請人岩城宅および同松村宅前の本件空地上に別紙図面点線表示の如き板塀があり、その内側が庭であった旨主張するが、かかる事実はなく、仮にあったとしても、申請人松村および件外八幡野は終戦前後頃に右板塀を取毀した。これは家屋に付属した前庭としての使用権限を自ら放棄したことを意味するものであり、従って、それ以前に仮に右前庭部分についての使用権限が申請人等又はその先代にあったとしても、右放棄によりこれを失ったものである。
五、申請人岩城については、仮に右各主張が認められないとしても、被申請人と同人との間に昭和三九年四月二日同人居住家屋賃貸借につき調停が成立したところ、右調停においては前記前庭部分に対する同申請人の賃借権が認められていない。
六、被申請人が建築を予定している二階建文化住宅は本件空地一杯に建てようとするものではなく、本件各家屋に対しその柱根から二米の通路部分を残す予定であり、右完成によっても、申請人の公道および共同水栓への通行を何ら阻害せず、かつ日照、通風、採光についても殆ど制限を加えない。一方、被申請人は件外峯忍と建築請負工事契約を締結し、既に金五〇〇、〇〇〇円を支払ったが、同人は材料を購入してその準備を完了したばかりか、右材料が散逸、腐蝕等によりその効用を失ったとして、被申請人に金三〇〇、〇〇〇円の賠償を請求している。さらに、本件工事完了予定日は昭和四二年二月二八日であったが、右完了が遅れることによって入居予定者から得られる筈であった家賃収入も得られず、このこと迄考慮すれば被申請人の損害は甚大である。当事者双方の利害得失を衡量すれば、本件仮処分はその必要性なきものと言わざるを得ない。
≪疎明省略≫
理由
一、被申請人が本件空地を別紙図面表示の如くその一部として含む本件土地および本件各家屋を所有すること、申請人が被申請人から本件各家屋を別紙目録(二)居住者区分記載のとおりそれぞれ賃借して居住しているものであること、申請人等が使用権限を有する共同水栓が別紙図面表示の場所にあることは当事者間に争いがない。本件土地および本件各家屋は昭和八年五月一四日件外貴田善次郎の所有に帰属し、その後昭和二三年五月五日件外吉川末子に、さらに昭和二八年被申請人に順次所有権が移転されたこと、同目録(二)(1)記載の家屋については申請人岩城の義父亡八幡野兼吉が昭和一四年頃右記貴田より賃借して入居して以来一貫して八幡野家および岩城家がこれを賃借して現在に至ったこと、同目録(二)(2)記載の家屋については申請人松村の亡父松村一弘が昭和一八年頃に貴田より賃借して入居して以来一貫して松村家がこれを賃借して現在に至ったものであること、同目録(二)(3)記載の家屋について申請人鈴木が昭和一六年頃貴田より賃借して入居して以来一貫して現在迄同人が賃借して来たこと、並びに貴田の賃貸人たる地位は、吉川に、さらにその後被申請人に順次引継がれて現在に至ったものであることは、被申請人において明らかに争わないのでこれらを自白したものとみなす。
二、≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件空地上別紙図面点線表示の場所に昭和二〇年頃迄高さ約一米三〇糎の板塀が設置され、その板塀に囲まれた部分はそれぞれ別紙目録(二)(1)および(2)記載の各家屋に付属した庭としてその居住者によって利用されていたこと、本件空地上のその余の部分は私道として本件各家屋の居住者によって公道および前記共同水栓への通行に供されていたこと、右板塀は昭和二〇年頃撤去されたが、その後も本件空地は本件各家屋の居住者により、前庭、物干場、私道等として利用され現在に至ったことがいずれも疎明される。右認定に反する疎明はない。右認定の各事実および本件空地と本件各家屋の配置関係等を総合して判断すると、本件各家屋の賃借権は本件空地の使用収益権(ただし、申請人等による共同使用収益権)をも包含するものと解しざるを得ない。従って、申請人等は、被申請人に対し、右権限に基き本件空地の占有(使用収益)に対する妨害排除および予防を請求し得るものである。
三、被申請人は「本件空地上にあった前記板塀を撤去したのは申請人松村および件外八幡野であり、仮に同人等が右各板塀に囲まれた部分につき前庭として使用権限を有したとしても、板塀撤去行為によってその権限を放棄したものとみなすべきである。」旨主張するが、前記認定の如く、同人等は板塀が撤去された後も以前と同様に前庭として右各部分をそれぞれ利用したのであるから、右撤去行為が使用権限放棄である旨解することができない。
四、被申請人は、「被申請人と申請人岩城との間に昭和三九年四月二日別紙目録(二)(1)記載の家屋の賃貸借につき調停が成立したところ、右調停では前記前庭部分に対する同申請人の賃貸借が認められていない。」旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、右調停は従来の賃貸借を前提として今後も各家屋に対する同申請人の賃借権を認めると言う趣旨であって、あらためて右賃借権の範囲を減縮し、単に右家屋だけの使用権限のみしか認めないことにする意味のものとは解し得ない。
五、申請人が本件空地上に二階建文化住宅を建築すべく企て、件外峯忍にこれを請負わせたこと、同人が昭和四一年一一月九日朝本件空地上に杭を打込み、右工事に着手したことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、右文化住宅は申請人岩城および同松村の各居住家屋の柱根からそれぞれ二米、同鈴木の居住家屋の柱根から一米四〇糎離れて建築される予定であることを認め得る。
右各事実と本件空地および本件各家屋の配置関係を総合して判断すると、右文化住宅が完成された場合、申請人等およびその家族の公道および共同水栓への通行自体が不能となるわけではないが、迂回のためそれ等への距離がやや遠くなりかつ道巾が狭くなって他家の軒先を通行せねばならない等可成り不便になり、かつ従来永年に亘って前庭、物干場等として利用して来た本件空地につきかかる利用が不可能となるばかりか、通風、採光、日照についても可成りの制限を受けることは明らかであるし、特に火災等緊急事態発生の場合、消火作業および避難行動が阻害されることも考えられる。被申請人は本件仮処分が維持されると経済的に大きな損害を受ける旨主張するが、右文化住宅完成による申請人の損害の方がより一層重大かつ深刻であると解すべきであって、本件仮処分の必要性が充分あると断じざるを得ない。
六、よって、申請人等の本件仮処分申請を認めた本件仮処分決定は相当であるのでこれを認可し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高澤嘉昭)
<以下省略>